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私が幼少期から中学生まで暮らしていた町は、埋め立て地の上にあった。
人の手で海を埋めて作られた新しい土地だったが、まだ多くの空き地が残っていた。整備されきらないその場所には、背丈ほどの雑草が生い茂り、風が吹くと草の波がゆっくり揺れた。
そこには、さまざまな生き物がいた。
草を踏み分けると、バッタが一斉に跳ね上がり、空にはトンボが低く滑るように飛んでいた。蝶は静かに舞い、草の陰には甲虫の気配があった。
小さな空き地でありながら、そこには確かに一つの世界があった。
子どもたちのあいだで人気があったのは、カマキリとトノサマバッタだった。
子どもは大きく、強そうなものを好む。草むらの奥でそれらを見つけると、胸の奥に小さな誇らしさが生まれた。
近くには国道が走っていた。
車線と車線のあいだには細長い帯のような空間があり、そこにはススキのような背の高い草が密生していた。その下には、細く長く続く水たまりがあった。自然にできたものなのか、人が掘ったものなのかはわからない。
私たちはそれを「川」と呼んでいた。
その小さな水辺にはアメリカザリガニがいた。
ときどき鮒も見つかった。水面にはアメンボが走り、周囲ではトンボが旋回していた。
ほんのわずかな水と草だけで、そこには確かに命の循環があった。
幼かった私は、あることを疑いなく信じていた。
草が生え、水があれば、生き物は自然にそこへ現れるのだと。
世界とは、そういう仕組みでできているのだと思っていた。
やがて受験や学業が忙しくなり、私はその場所へ行かなくなった。
高校を卒業すると実家を離れ、長い間その町に戻ることもなかった。
それから何年か後、車の免許を取った私は、久しぶりに実家へ向かう道を走っていた。
その途中、ふと国道の中央帯が目に入った。
そこには、もう草はなかった。
きれいに刈り払われ、地面は平らに均されていた。
私たちが「川」と呼んでいた水場も、完全に埋められていた。水も、植物も、そこには何も残っていなかった。
さらに、雑草が生い茂っていた空き地には、巨大な運送会社の倉庫が建設されていた。
わずか五年ほどのあいだに、景色はすっかり変わってしまっていた。
土が見える場所が、ほとんどない。
あの場所にいた多種多様な生き物たちは、どうなったのだろう。
草むらの昆虫たちは、どこかへ移動できただろうか。
しかし、水辺の生き物には逃げ場がほとんどなかったはずだ。
ザリガニや鮒、アメンボたちは、水場が埋められたとき、どこへ行ったのだろう。
考えても答えは出ない。
いまの街はコンクリートとアスファルトで覆われている。
かつて普通に見かけたバッタやトンボ、アメンボの姿はもうない。
夏になると、セミがアスファルトの上で死んでいるのを見かける。
本来なら土の上で最後の役目を終えるはずの命が、固い地面の上で乾いていく。
そして最後には、ただのゴミとして回収される。
街は便利になった。
道路は整備され、倉庫が建ち、土地はきれいに管理されている。
けれどその代わりに、私たちは土を失った。
子どものころ、私は信じていた。
草が生え、水があれば、生き物は自然にそこへ現れるのだと。
だが今の街には、草も、水も、そして土さえほとんど残っていない。
生き物が現れる場所が、もうない。
土のない街では、命は静かに居場所を失っていく。
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