見えない支配者の痕跡

Japanese | English

その死は、
誰かからうつされた病気がきっかけだったのかもしれない。

だが多くの場合、私たちはそれを思い出すことができない。
どこで、誰から、何に触れたのか。
感染の瞬間は、記憶に残らない。

人は日々、ありとあらゆる場所を移動し、無数の物に触れている。
ドアノブ、手すり、スマートフォン、紙幣、ボタン。
そこに「危険」は見えない。
見えないからこそ、私たちは警戒を解く。

病原体は、特別な場所にだけ存在するわけではない。
それらは、私たちの生活圏そのものに溶け込んでいる。

感染経路の多くは、劇的ではない。
咳やくしゃみの飛沫、空気中を漂う微粒子、そして手指。
とりわけ手は、最も頻繁に世界と接触する器官だ。

人は無意識のうちに、顔に触れる。
目、鼻、口。
それらは外界と体内をつなぐ入口であり、
同時に、微生物にとって最も容易な侵入路でもある。

自分の手で、自分の体に病原体を運び入れる。
その行為は意図されたものではない。
だが、感染は成立する。

手洗いとうがいは、文明社会が生み出した数少ない有効な対抗策だ。
それは潔癖のための行為ではない。
微生物を根絶するための儀式でもない。

ただ、数を減らす。
それだけで、発症の確率は大きく変わる。

人類はしばしば、自らを地球の支配者だと考える。
しかし、歴史を振り返れば明らかだ。
人口の増減、文明の停滞、社会の崩壊。
その背後には、常に微生物の存在があった。

私たちは微生物を管理しているのではない。
管理されながら、生き延びている。

見えないものは、存在しないのではない。
見えないからこそ、支配力を持つ。

その事実を忘れたとき、
人はまた、理由のわからない死に直面する。

そして、思い出せないまま、
次の感染が、静かに始まる。

コメント

この記事へのコメントはありません。

最近の記事
絶滅動物
PAGE TOP