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かつて連続していた土地は、いつの間にか道路によって切断された。
人間にとっては利便性の線引きに過ぎないその舗装路は、
多くの生物にとって、越えるか、諦めるか、死ぬかの三択を迫る境界となる。
住処を分断された生物たちは、その線を横切る。
向こう側に餌があり、仲間があり、
生き延びるための条件があるからだ。
だが、その選択はしばしば事故死という形で終わる。
タイヤの下で潰れ、平面に押し広げられた身体は、
誰にも数えられず、誰の責任にもならない。
夏のアスファルトには、力尽きたセミが落ちている。
土の中で何年もを過ごし、
ようやく地上に出て鳴き、命を使い切ったはずの存在が、
最後に戻るべき場所だけを失っている。
熱を溜め込む舗装路の上で、
彼らは「死んだ」のではなく、「帰れなくなった」ように見える。
本来、死は循環の入口だ。
死骸は微生物に分解され、
養分として土に還元され、
次の命の一部になる。
だがアスファルトの上では、その腐食連鎖が始まらない。
水は浸透せず、菌は根付かず、
死は循環に参加できないまま、乾き、劣化し、消えていく。
都市は、命の流れを前提に設計されていない。
人間の移動と効率を最優先にした結果、
死骸は「自然現象」ではなく「異物」として扱われる。
清掃され、除去され、なかったことにされる。
そこには弔いも、連鎖もない。
土に帰れない生物たちは、
都市という環境が内包する断絶そのものだ。
生と死が連続しない場所で、
命は単独で現れ、単独で消える。
私たちはその上を歩き、車を走らせ、
足元に残された痕跡をほとんど意識しない。
それでも、道路を横切る小さな影を見たとき、
一瞬でも立ち止まることはできる。
世界を変えることはできなくても、
見なかったことにしない、という態度だけは選べる。
土に帰れなかった命を、
完全に無言の存在にしないために。
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